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「自己評価を高く持って」by霧島太郎

 子どもの心を育てるうえで「自分は生きている価値がある」「大切な存在だ」「必要な人間だ」という気持ちを育てること。それは、自立した子どもに育てる。 子どもが頼ってきたら、助けてやる。「自分でやる。」と言ったら、やらせてみる。甘えてきたときには、それをちゃんと受け止める。自立しようとするときに手を出しすぎず、後ろから応援する。子どものペースで、甘えたり、反抗したりにつきあっていく。ということが、子どもの自己評価を育むということです。 逆に、子どもの甘えを突き放したり、子どもの甘えを自立を否定したり、抑え込んだりでは、子どもの自己評価は育たない、ということです。(1)自分 

「笑顔」byコスモス

 私には、とても愛しく思える子どもたちの瞬間があります。たわいもない事だが、子どもたちが寝ている時に夢を見ているのか声を出してクスクス笑っているのを見た瞬間。 この時はほんとに心がほっこりします。どんな夢を見ているのであろうか?こちらまで笑顔になってしまいます。 みなさんは、どんな時、心がいやされますか? 話は変わりますが、今年の運動会は残念でした。あんなに練習したソーラン節やバトンパス。生で見たかったな。でも、親以上に残念だったのは子どもたちでしょう。このご時世仕方のない事なのですが・・・。 これから先も成長していく中でいろいろな事を経験していくと思いますが、心強く、自分に自信を持って自立して欲しいと願います。

「いつもありがとう」byはなかあさん

 中学一年の長男を筆頭に、五年生の次男、年中の長女と三人の子育てに追われる日々を過ごしています。仕事との両立はなかなか難しいことも多いですが、ずっと心がけていることがあります。私自身、疲れがたまったり、ホッと一息つきたい時、空を見上げることがよくあります。それは大空だったり、夕焼け空だったり、真っ暗な夜空だったり。いつ見ても同じ空はありません。堂々として、大きく包み込んでくれて、よし、明日もまた頑張ろう!とパワーをもらって気持ちのリセットができます。長男がまだ赤ちゃんの頃、抱っこ紐でよく散歩に行きました。 「ほら、今日は空が綺麗だよ。風が気持ちいいね。だんだん寒くなってきたね。今日は満月だって。お月様きれいかもね。」 キョトンとした顔でキョロキョロ辺りを見回すばかりで返事はありませんでしたが、ワンオペ育児の中、話し相手がほしい私の独り言に付き合ってくれていたのかな、と懐かしく思い出します。それから十数年、独り言だろうが何だろうが、感じた自然の変化を子供のたちの前で言葉にするようにしています。たいてい返事はありません。 つい先日、あまりにも帰りが遅くなり、実家で待っている子どもたちを急いで迎えに行き、家に帰ってから子どもたちを寝かせるまでの流れをイメージしながら車を走らせ、バタバタと帰路につきました。 「ほら、早くして!もう寝る時間になっちゃうよ!」 と、ガミガミ母さんになっていました。すると、五歳になったばかりの娘が 「まま、おつきさまきれいだね。うさぎさんみえるね。」 と一言。空を見上げると綺麗な満月でした。思わず涙が溢れそうになりました。ほんの少し、一緒にお月様を眺めて穏やかな時間を過ごすことができました。

「おもいで人形」byなないろ

  私はこの十二年間、フェルトで作っているものがあります。〝家族写真〟ならぬ〝家族人形〟です。材料は、ほぼ百均で買い、コルクボードにはりつけて一年間飾っています。  子どもが生まれてから何気なく作ってみたフェルトの人形を〝もう少し良く作りたいな〟と思って次の年にも作り…いつの間にか毎年作るようになりました。最初は家族それぞれのその年ハマったものや、よく着ていた服装などで、今、見ると〝懐かしいな〟と思います。そのうち子どもたちがアニメやマンガにハマりだすと、コスプレ風の人形に変化…ここ四年ほどは、まんまアニメキャラとなり…家族の特徴は身長差のみに。  今年も作る季節がきたのですが、特にアニメやマンガにハマったものが無かったのです。ただ夏休みにドリフターズのDVDを借りたら子どもが見事にハマって大ウケでした。なので一度は〝バカ殿様と加トちゃんのコスプレか…?〟とも思ったけど却下してまだ思案中です。今年はとうとう子どもに身長をぬかれ、私の人形が一番小さくなります。子どもの成長って早いなあ、と思う毎日です。

「おばけが気になる一年生」byふーのはは

 「今日、おばけやしきに行った。ぜんぜんこわくなかったし。」と、先日、一年生のおばけ大嫌いな娘が、得意げな顔で自慢をしてきた。二年生の出し物にお客さんとして招かれ、その場の勢いで苦手なおばけやしきに入店してしまい、そして案外楽しんで出て来られたとのこと。具体的におばけがどんな顔だったとか、どんなふうにびっくりさせられたとかの報告はなし。きっとなるべく見ないように目を覆いながら、指のスキマからほんのちょっとおばけの姿を捉える努力をし、さっと通りすぎて出て来たのだと思う。あの怖がりへっぽこだった娘が。よくやった!  娘は二歳ぐらいから、おばけ=怖いものと意識するようになった。部屋の暗がりや原因不明の物音に怯えるたび、おばけの気配を感じてよく泣いていた。同時に、何故かおばけの絵本やアニメ、テレビ番組に強い関心を持ち、止せばいいのに保育園の友達と怖い話で盛り上がって帰って来たりする。おばけ好きは周りの同年代の子供同じ様子。「怖いもの見たさ」という言葉がぴったり当てはまる。  「怖いもの見たさ」の心理は、幼児期の発達心理学でも研究されているよう。「怖いもの見たさ」でググってみると、「虚構と現実の区別を認識したうえで、安全な距離から怖いものと向き合い、『現実ではない』『でも、もしかしたら』と現実性の揺らぎを楽しむ遊び」と、ネット上で説明されている。また、成長と共に虚構=ウソと現実=ホントの区別がしっかり出来るようになるに従って、あえて怖いものを見ようとする傾向があるという。つまり、子どもにとっておばけは、「ウソってわかってるけど、ホントは居るかも…」とドキドキさせてくれる、それでいて絶対実害のある悪さをしない、スリリングな良い遊び相手であると言える、かもしれない。  おばけやしき怖くなかった~とドヤ顔をした娘も、保育園では入ることも近づくことも出来ずにいた。まだ娘の中で、おばけやしきの中が〝ウソ〟でなく、〝ホント〟の世界と感じられていたのだろう。一年生になり、娘なりに虚実の区別を付けられるようになって、おばけの世界で楽しめる余裕が出てきたのだと思う。成長しております。  怖いもの、苦手なもの、他にも沢山ある。学年が上がるにつれ、立ち向かうべき課題も増えていくものだろう。客観的な立場に身を置いておばけを促えることで、怖さを少しずつ克服してきたように、今後も怖い時、苦手なこ

「がんばれ」 byコスモス

 長い夏休みも終わって二学期がはじまり、子どももお友達とまたいっぱい遊んだり勉強もしたりできるとはりきって学校へ行っています。  小さい頃は、よく風邪をひいて熱がよく出たり咳をしすぎて吐いてしまったりすることも多く、体が弱くて心配でしたが、二年生、三年生と大きくなるにつれて病気もあまりしなくなり、毎日元気な「いってきます」の声を聞くと、私も仕事をがんばろうと元気をもらっています。  今年は半成人式です。これからも元気で楽しく小学校生活を送り、成長していってほしいです。

令和版 新PTAブログ 投稿テスト

 北小PTAのブログ「菜風」の令和版のブログを作成しました。2019年度(令和元年度)からは、この新しい令和版ブログでPTAブログを運営していきます。